雨の裏庭

掌編未満のSSや思いついたシーンなどを気ままに書き散らしていくためのブログです。

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 2000年8月13日(日)

 眠い。

 今は昼間だ。外は真夏の太陽が容赦なく照り付けている。吸血鬼だけでなく、普通の人間すらも敬遠するだろう真夏の太陽。
 しかし天使は違うらしい。
「お前、よくそんなところでじっとしていられるな」
 タナトスは窓辺の天使に呼びかける。照りつける太陽を全身に浴びて、それでも天使は汗一つかかない。彼女はさっきから一心に、真っ白な――けれど彼女自身よりはいくらか黄色がかった――ギターのチューニングを続けている。
 天使がタナトスの住んでいる教会に訪ねてきたのは、正午を少し過ぎた頃だった。今日は路上ギター仲間が模擬試験なので、夕方まで暇だという。そして彼女は小さな応接室の窓辺に腰を落ち着け、ギターを取り出し、弦を張り替え始めた。
 ギターが天使と同じくらい光に強いとはちょっと思えない。こんなにも情け容赦のない白日の下にさらしていて良いものなのか、いささか疑問だ。だがあのギターは自分の持ち物ではない。したがってタナトスが心配してやる義理もない。もしかしたらあのギターは、天使と同じように光に強い特別製なのかもしれない。
「暑くないのか?」
「あなたは暑い?」
 チューニングを淡々と続けながら、天使はゆっくりと尋ね返す。
「死体は暑さなんて感じない」
 憮然として答えると、天使は小さく笑った。光の中で肩とギターが揺れる。
「なら、幻も暑さなんて感じない」
 何がおかしくて彼女が笑っているのか、タナトスにはわからない。
「何がおかしいんだ?」
 チューニング・ペグのいくつかが、順に光を反射して天井に奇妙な模様を躍らせる。
「何が、おかしいんだろう?」
 天使は笑い続ける。
「私の中の何が、おかしいと感じているんだろう?」
 わからないまま、笑い続ける。
 見つめながらタナトスは思う。

 眠い。

 考えることはいろいろあるような気がするのだ。
 たとえば何故天使が笑っているのかとか。
 自分の中の何が眠いと感じているのかとか。とうに働きを止めたはずの精神機能が眠いと感じるのは実は驚くべきことなんじゃないのかとか。幻にも精神機能はあるのかとか。ないとしたら何故彼女は笑うことができるのか、とか。
 こんな厄介な女に寝顔を見せるなんて冗談じゃないとか。
 でも眠い。何も、考えたくない。
「眠い」
 うんざりと呟くと、天使は微かに視線を上げて頷いた。
「寝てて良いよ。夕方になったら起こすから」
 タナトスはカーテンが作る影の中で目を閉じる。天使は光の中で笑い続ける。
 同じように生きられなくても、同じ時間を共有できるのはなんだか妙な感じだ。
 ギターのチューニングの、単調な音が耳を撫でる。

 眠い。
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 2000年10月2日(月)

 間違えて学校へ来てしまったときの、このむなしさといったらどうだろう。

 学校へ来て鞄を置いて教室を見回して思い出した。今日は開校記念日だって。自転車置き場で気が付くべきだったんだ。いくらこの学校の生徒にはぎりぎりに来る人が多いからって、授業開始二十分前に自転車が全然無いなんてありえないって。
 深く深くため息をつく。間違えて学校来ちゃったよーなんて友達にメールしたら、馬鹿にされるのがわかりきっているのでしない。仕方ないからトイレに行ってから家へ帰ってもう一眠りしようと思う。それにしても、昨日先生から何の連絡もないってどういうこと? 朝の会も帰りの会もないから仕方ないのかもしんないけど、こういう情報が噂でしか入ってこないなんて何か間違ってる。学年の始めに配られたプリントなんて、んな長々となくさないでられるかっての。もう家のどこにも見あたらないよ、探したって。
 まあ、それにしたってうかつだったな、とは思うけど。

 トイレの鏡は小さかったから、廊下に張られた鏡の前で軽く前髪を直す。鞄から手鏡を取り出し、合わせ鏡で後ろ髪も。
 そのとき不意に、私の背後から男の人の声がした。
「こんにちは、お嬢さん」
 ものすごぅくうさんくさい声のかけ方だった。
「こ……こんにちは」
 振り向いてみれば、映画の中でしかお目にかかれないような整った顔の美形が立っていた。銀髪碧眼。外国人だ。あんまりアメリカンな押しの強い感じがしないから、ヨーロッパの方の人かも。英語の講師だろうか。でも、こんな先生見かけたことない。
 ……それにしても、さっきの声のかけ方。やっぱり外国の人にとっては「ボンジュール、マドモワゼル」レベルに普通の声のかけ方なのかなあ。その台詞で連想できるのは、小柄で禿げ上がった某探偵の顔と吹き替えの声だけなんだけど。っていうか、それフランス語じゃん。普通の公立校のうちにフランス語の講師なんか必要ないって。
「今日は学校は休みだよ」
「ええと、もう知ってます」
 さっきまでは知らなかったんだけど、それはもう過去の話だ。
「そう? だったらいいんだけど」
 銀髪美形はにっこり笑いながら顔を上げて、ふと鏡の中を見た。鏡の中には、私の手鏡が無数に連なって映っている。合わせ鏡にしたままだったんだ。その鏡の列を指して、銀髪美形は小首を傾げた。
「ところで君は、この鏡の列がどこまで続くか考えたことがあるかい?」
「……ええと……」
 何この話運び。ついて行けないんですけど。私が鈍いのか? いや、これは絶対この人がおかしいんだ。惜しいなあ、こんなに美形なのに変人だなんて。ていうか、変人だったらまだいいけど、まさか変態ってことはないよね? だったら私、大ピンチじゃん。ヤバ、隙を見て逃げ出さなきゃ。
「どこまでも、じゃないっすか?」
 逆切れされたら大変なので、とりあえず話を合わせてみる。
「つまり、無限だと?」
 銀髪美形の瞳がきらりと光ったような気がした。何? もしかして本格的にヤバイ感じ? 逃げる隙を探してるのに、そういうのが全然ない。やっぱピンチかもしんない、私。
「ええと……そうなんじゃないですか?」
 なんだこの人、という不審の念もあらわに眉根を寄せてみたのに、不審な男はにこやかな表情を崩さなかった。もちろん隙も出来なかった。段々危機感が大きくなってくる。マジそっち系の人だったらどうしよう。つーかどうなってんのこの学校の警備……って、普段の様子を見てればだいたいわかるけどさ。もうちょっとなんか考えた方がいいんじゃないの? 最近物騒なんだし。
「まあ、数学的にはそうなんだろうけどね」
 私の内心の葛藤になんて気付くはずもなく、銀髪美形は穏やかな調子で話し続ける。話してる感じは普通の人っぽい。日本語の発音完璧。日本語だけなら私の方がよっぽどヤバい自信ある。だけど、油断は禁物だ。ホントに最近いろいろ物騒なんだから。
「現実の問題として考えると、像の大きさが光の波長程度になった時点で形を成さなくなる。従って永遠ではない」
 ぐるぐる考えていた私は、ふと思考を止めて銀髪美形の顔を見上げた。
「……そう、なんですか?」
 純粋に、おどろいた。一応物理の授業を取ってるから、光の波長、っていうのはわからなくもない。光っていうのは要するに波だから、波の大きさより像が小さくなっちゃったらもうそれを「見る」ことはできなくなっちゃうんだ。
「……そっか。永遠じゃないんだ」
「そうなんですとも」
 銀髪美形は笑顔で頷いた。
「それじゃ、呼び止めて悪かったね。今日は学校は休みだって、さっきも話したけれど、ひと気がないから、ここはあまり安全な場所じゃない。早く帰ったほうが良いよ」
「あ、そうですね。……どうも」
 銀髪美形がえらく常識的な結論を出してくれたので、私は心底ほっとして頭を下げる。
「うん。それじゃ、気をつけて」
 軽く手を振って背を向けた銀髪美形を見送って、もう一度鏡を振り返ってぞっとした。振り返った鏡には、私しか映っていなかったのだ。銀髪男はまだ、角を曲がっていなかったのに。
 何度か振り返って振り返って鏡の中と外を見比べて、私は天を仰いだ。
 そっち系なのは私の方か。
 もうだめだ。幻覚見えてるんだ。帰って寝よう。
 ちくしょう、明日あたり、サエに変な夢見ちゃったって自慢してやる。あいつこういう話大好きだったよな、確か。
 2000年4月5日(水)

 夜中から降り始めた雨はまだ止んでいなかった。引越し先までの街道に並んだ桜は満開で、三月の末に開花宣言を出されたソメイヨシノは灰色の空に浮かび上がるように咲いていた。街道を通る車の交通量は多く、ゆったりとした二車線をひっきりなしに行き交っている。
 街道から細い路地に入り、いくつか角を曲がって行き着いた住宅街は、それと比べるとかなり閑静なたたずまいを見せていた。比較的裕福な中流家庭のものだろう、小さくて清潔な一軒家が立ち並ぶ。
 引越しの荷物を積んだ軽トラックは、三階建てのアパートの前で停車した。築五年ほどだろうか、ブルーグレーのタイルで覆われた、賃貸アパートにしては近代的なデザインの建築物だった。周りが二階建てばかりなせいでアパートの最上階は周囲から少し飛び出していて、ずいぶん眺めが良さそうだ。
 アパートの前では、Tシャツとジャージを着て、肩下十センチほどの真っ直ぐで色素の薄い髪を二つに結わえた少女が待っていた。美人かかわいいかは評価が分かれるところだろう。子どもから大人への過渡期に特有の容貌は、表情や仕種でもだいぶ印象が変わる。今は服装や髪型のせいもあって、ややかわいい寄りだ。彼女はにこやかに手を振って軽トラックを迎える。
「おはよう。朝からご苦労様」
「そっちこそ、わざわざ出迎えありがとう」
 助手席から降り立った少年――透夜――は、少女に微笑を返して頷いた。少女はアパートの大家の娘で、かつ透夜の幼馴染でもある水橋透子だ。透夜と同い年で、誕生日はまだだから十六歳、今年で高校二年生になる。
「ありがとうね、透子ちゃん。せっかくの休みなのに、引越しの手伝いなんて」
 運転席から降りた透夜の母親が、回りこんできて透子の頭をなでる。
「困ったときはお互い様ですから」
 透子はくすぐったそうに笑った。
「それじゃ、今日はよろしくね」
「はい。水橋一家、微力ながら協力させていただきます」
 透子はおどけて深々と頭を下げる。
「ごめんなさいね、せっかくの休日なのに。この子、昼間は使えないから」
 母親の静(しず)は、だいぶ前に自分より高い位置になってしまった透夜の頭を、軽く小突いて苦笑した。
「仕方ないよね?」
 透子が小さく笑う。
「そう、仕方ないんだよ。でも今日は割と働けると思うな。この天気だから」
 透夜はそう答えて笑い返した。
「良かったよね、晴れてなくて」
 透子と透夜は、力なく降りそそぐ雨を一瞬見上げてから顔を見合わせてまた笑い合う。
「じゃあ、私、父さん達を呼んで来ますね」
 透子は踵を返し、アパートの中へ駆けていった。

「う~ん、やっぱりこの子の配置が決まらないのよね」
 静は巨大なスピーカーの上にぬいぐるみやら小物やらを並べてはうなっている。
「……母さん、サボってないで手伝ってくれないかな」
 ダンボールを二つ抱えて三階まで上ってきた透夜は、その様子を見て少しだけ不機嫌になる。
「失礼ね、サボってなんかないわよ」
 見なさいこれを、と、静は居間の真ん中に仁王立ちした。
 フローリングの床には三メートル四方のカーペット。その上に丈の低いテーブル。カーテンと同じ淡い藤色のテーブルクロス。薄いグリーンのソファ。壁際にはやっぱり丈の低い戸棚と引き出し。
 家具の背丈が低いので、部屋は広々として見える。一番場所をとっているのは、静が趣味で買った巨大なスピーカーだ。
「良いこと透夜? 私はちゃんとこれらの家具を配置したの。サボってなんかいないの。了解? わかった?」
「……実際に家具を動かしてたのは水橋さんだった気がするんだけど……」
 どことなくげっそりと反論すると、静はまあ気にするんじゃないわよおほほほほとか笑って手を振った。透夜はため息混じりにかがみこんで、運び上げてきたダンボールを床に下ろす。
「私これから香苗(かなえ)ちゃんとお茶にするけど、透夜はどうする?」
 この話はもうおしまいとばかりに声の調子を切り替えた静に、透夜は視線だけを向けて軽く首を振った。
「まだ部屋の片づけが終わってないから」
「あらそう。じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
 香苗――透子の母――は、ひと通り大きな荷物を運び終わったところでおやつの準備をしに一階の自宅に戻っていた。静と香苗は高校時代からの大親友なのだそうだが、これから当時をしのんでそれこそ女子高生よろしく延々と話し続けるのだろう。――あまり同席したいとは思わない。

 一番重いダンボールを開け、参考書や辞書の類を本棚に並び終えたところで、玄関のドアをノックする音が聞こえた。鍵が開けっ放しになっていたドアを開けると、そこには透子が立っていた。
「差し入れ。鉄粉入りの水」
 両手に持ったお盆にはコップが二つにストローが二本、それと台拭き。中身は片方が透明で、もう片方は琥珀色。どちらにも氷が二つ浮んでいる。
「ああ、ありがと」
 お盆を透子から受け取り、今のテーブルまで運ぶ。
「前から聞きたかったんだけど、鉄粉入り、本当に美味しいって思うの?」
 透夜について今に入ってきた透子は、ソファに腰掛けながら首をかしげた。
「うん。水だけだと味気なくてさ。喉の渇きが取れないんだよね。まあ、匂い付けって言うか、気分の問題なんだけど」
「そっか。私だったらそんな鉄の味する水飲めないよ。やっぱり味覚違うのかな?」
「違うんじゃないかな」
 頷いて水を一口。
「食事は普通に出来るのにね」
 ストローでアイスティーをかき混ぜながら透子はつぶやく。
「うん。でも、あんまり美味しいって思うことない。かも」
「やっぱり半吸血鬼も料理より生血の方が良いんだ?」
「そう、新鮮な奴。美女ならなお良し」
「……生々しいなあ」
 大げさに首を振る透子に、透夜は少し笑う。
「そういえば、隣に挨拶したりしなくて良いのかな。結構どたばたやっちゃったけど」
 今さらな気もするが、透夜は隣に接する壁に目をやりながら尋ねた。
「大丈夫。下には昨日言ってあるし、隣、一つは空き部屋だから」
「もう一つは?」
「私の勉強部屋」
「透子の?」
 軽く目を見開く。
「うん、私の家って人が多いでしょ? おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に住んでるし、ルーナもいるから勉強部屋が確保できなくって。空き部屋使わせてもらってるんだ」
 こっちの隣は1Kなんだよ、と、透子は笑った。

 コップの中の氷が溶けて無くなる頃、透夜はふと横の壁に視線をやった。キッチンのコルクボードに貼り付けられているのは、以前透夜の父が描いた子供の肖像だ。満面の笑みと味噌っ歯が独特の愛嬌をかもし出している。
「上手だよね」
 透夜の視線をたどった透子がテーブルの水を取り上げながら呟く。
「まあ、長く生きてると趣味でもそれなりの腕になるんだろうね」
「もしかして、題名あったりする?」
 二つのコップがお盆の上に並べられる。
「ないよ。単に、クレヨン」
「クレヨン? 鉛筆で描いてるよね?」
 テーブルの上に丸くついた水の跡を、台拭きが拭っていく。
「フランス語で鉛筆とかデッサンとか、そういう意味。日本語のクレヨンはフランス語ではパステル」
「へえ、そうだったんだ。教養が深まりました」
 透子は片手に台拭きを持って座ったまま、ぺこりと頭を下げた。
「透子が前にくれた色鉛筆にもクレヨンって書いてあったんだけどね」
「やだなあ。それ、何年前の話? 絶対読めてなかったよ私」
 透夜は透子へ視線を戻して笑った。
「あはは、そうかも」
 肘を膝に置いて頬杖をつく。
「まだ、とってあったりするんだけどね。引越しのとき部屋整理してたら出てきてさ。なんだか懐かしくなった。……もう、十年も前の話なんだよね」
 透子はどんな表情をすれば良いのかわからないみたいな無表情になって、視線を落とした。
「そうだね」
 お盆の上に台拭きを置いて、透子は立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ戻ろうかな。今日は午後から部活なんだ」
「部活、何に入ってるの?」
 立ち上がった透子を見上げて尋ねると、透子は苦笑交じりに答えた。
「合唱。人数少ないんだけどね。今年から女声合唱になっちゃってさ」
「ふうん」
 楽しそうだね、と、透夜は目を細める。
「うん、楽しい。……あ」
 笑顔で腰を折ってお盆に手をかけた透子は、ふと動きを止めた。
「そだ。母さんに教えておくように言われてたんだ」
 透子はごそごそとジャージのポケットをあさり、深緑色のカバーがついた生徒手帳を取り出す。
「透夜、高校のこれからの予定ね。十日は始業式だけど十一日は入学式だから二年生は休み。十二日は八時四十五分登校」
 透夜は透子の言葉を聞きながらメモを取る。透子はそれを見ながらよしよし、と頷いた。
「それじゃ、またね」
 右手に持った手帳をポケットにしまい、改めてお盆を持ち上げる。扉の向こうへ透子を見送った透夜は、メモを自分の部屋に持って行くかどうしようか迷った末に、コルクボードに貼り付けた。
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